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19.アホ再来
 この絵本の原型となる作品は、1995年頃、宇宙物理
を学ぶため、大学受験を控えて勉強にいそしむ中島拓の手
によって生み出された。だからこの物語の誕生は、一秒書
房の発生よりも古いことになる。
 もともとの作品は、一枚の紙をコマで分割した「マンガ」 の体裁をもって描かれており「山深いところ」と題されて いる。  理系の進路を志す受験生が唐突にマンガを描くに到った 理由は、兄である中島陽一にもはっきりとは分からない。 弟は日常的に絵を描くことをそれほど好む質ではなかった し、そもそも我々兄弟は、ほとんどマンガを読むことなく 暮らしてきたから、この作品はたいそう奇異な珍品である。  ただ当時、陽一には、大友克洋の緻密なマンガ表現に初 めて触れる機会があり、ある種の感銘と畏怖を覚えながら、 弟にも一読を薦めた記憶がある。  それまでは人物描写において、手足も胴体も一本の線で 表現するのが当然だったはずの弟の絵柄が、この作品では 判読困難ながらも景物のディテールや質感、陰影の階調を 描こうとしているのが見て取れる。もしかして中島拓は、
 
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密かに大友克洋の絵柄を目指していたのだろうか?
 とにかくこのマンガ作品は、中島陽一が譲り受け、家族
以外の誰に読まれることもなく眠っていた。
 アホらしいストーリー展開が好きで、陽一はそのマンガ を度々読み返していたのだが、2002年8月、突然これ を絵本化してみようと思い立った。マンガ原作に忠実なス トーリー展開で、陽一が新しく作画、装丁を手掛けた。  原画はモノクロームのアクリルガッシュで描かれ、スキ ャナーでパソコンに取り込んで印刷データ化され、マイク ロドライプリンタで出力されている。前作「April」では、 プリンタはあくまでコピーにかけるための版下を出力する のにとどまっていたが、この絵本では、プリンタで印刷し たものを直に製本している。中島陽一のここ数年来の目標 であったデスクトップパブリッシングをも、この1冊でち ゃっかり実現してしまった。
 第16作「辺境の古城」は、「隣星人」に次ぐくまたな かじょういち作品として、2003年、4月に出版された。
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