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12.拾い集める
 98年2月、大学の卒業製作も終わり、中島陽一は再び
独りで、小さな絵本造りを試みた。冬空の下でイメージし
たおはなしの舞台は、なぜか夏の海辺だった。  内容がほぼ定まったところで紙屋へ出かけ、太陽に灼け
た砂丘のイメージにぴったりの紙を見付けて、これを見返
し用紙とした。次に、表紙の水平線の絵をどう表現するか
決めるため、何通りかの原稿を作って、あちこちのコピー
機にかけた。その結果、隣駅にある店のコピー機で、シア
ンのトナー1色をベタで印刷した時に、最良の効果が得ら
れることが分かった。さて、あとは中味をボールペンで点
描すればよい、と見えてきたあたりで、中島の身辺は大き
な変化を迎えた。  98年3月、中島は都内の印刷屋でアルバイトを始めた。
憧れのオフセット印刷オペレータである。仕事は興味深か
ったが、想像をはるかに超えて苛烈で、多忙を極めた。こ
の仕事が絵本造りの一助となればという甘い希望は、圧倒
的な拘束時間と疲労の前に、微塵に砕け散ってしまった。
 
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 砕けたかけらを拾い集めるように、少しづつペンを動か
した。目標は絵本を7月に出版すること。  第10作「July」は、諦めなければならないのかもしれ
なかった大切なものを、密かに、静かに、取り戻すことで
完成をみた。
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