2-23
12.拾い集める
98年2月、大学の卒業製作も終わり、中島陽一は再び 独りで、小さな絵本造りを試みた。冬空の下でイメージし たおはなしの舞台は、なぜか夏の海辺だった。
内容がほぼ定まったところで紙屋へ出かけ、太陽に灼け た砂丘のイメージにぴったりの紙を見付けて、これを見返 し用紙とした。次に、表紙の水平線の絵をどう表現するか 決めるため、何通りかの原稿を作って、あちこちのコピー 機にかけた。その結果、隣駅にある店のコピー機で、シア ンのトナー1色をベタで印刷した時に、最良の効果が得ら れることが分かった。さて、あとは中味をボールペンで点 描すればよい、と見えてきたあたりで、中島の身辺は大き な変化を迎えた。
98年3月、中島は都内の印刷屋でアルバイトを始めた。 憧れのオフセット印刷オペレータである。仕事は興味深か ったが、想像をはるかに超えて苛烈で、多忙を極めた。こ の仕事が絵本造りの一助となればという甘い希望は、圧倒 的な拘束時間と疲労の前に、微塵に砕け散ってしまった。
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2-24
砕けたかけらを拾い集めるように、少しづつペンを動か した。目標は絵本を7月に出版すること。
第10作「July」は、諦めなければならないのかもしれ なかった大切なものを、密かに、静かに、取り戻すことで 完成をみた。
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