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1.一秒書房発生前
 東京は台東区、上野公園のはずれに、こぢんまりした美術
大学があった。  その敷地のさらに片隅、版画研究室では、集中講議が行わ
れていた。  講議のスケジュールは連日超過密だった。学生達は次第に
平静を失い、ある者は目を血走らせ、ある者は夢うつつにぼ
ーっとし、またある者は果てしもなく笑い続けながら、プレ
ス機を回したり、彫刻刀を握ったりしていた。  課題作品の制作に忙しいからといって、創作意欲が満たさ
れるとは限らない。
 やがて誰が始めたのか、授業の合間に、スケッチブックや
メモ用紙が回されるようになった。紙の上には、奇天烈で即
興的な落描きやら、支離滅裂な文章やらが、学生達の手で交
替でつづられた。
 
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 課題の提出日が近付くにつれて、紙切れの上のイメージや
言葉は、ますます奔放で狂燥的になってゆく。  これを“合作効果”とでも呼べばよいだろうか。  時には複数の作者の描いたイメージがぐちゃぐちゃに入り
交じって、その結果、誰が描いたものとも特定することので
きない、まったく別の奇妙な世界が存在し始める。  そこには笑い出さずにはいられないような、あるいは慄然
とするような、ただごととは思えない面白さと迫力があるの
だった。  そういうことを発見して、喜んだり訝しんだりしながら、 ますます合作にのめり込んでゆく者が、そこには何人も存在
した。  落描きだらけの紙切れが束になってあふれ、決壊寸前まで
せり上がる鉄砲水さながらに、創作意欲は脱線してゆく。    彼らには、受け皿が必要だった。
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